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コクラン:医療と研究における意思決定と患者一般参画
森 臨太郎
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2018 年 60 巻 12 号 p. 855-864

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著者抄録

1992年に設立され,系統的レビューの手法を確立したコクランは,現在130か国・地域を超える3万7,000人の人々が協力して,手軽に無料で入手できる信頼性の高い医療情報を提供している。設立当初から,研究や診療の意思決定に医療消費者(患者)の参加を真摯に取り組んできた。医療消費者はコクランの系統的レビューの査読を行い,設定したゴールが適切か,コクランのメッセージがわかりやすいかなどに重点をおいてチェックする。完成したコクランレビューには抄録のほか一般語訳が必ず付けられ,いくつかの国・地域では,研究教育機関だけではなく,市民に広く公開されている。研究や診療政策現場における医療消費者参加の現況を踏まえ,今後,医療消費者が「どのように参加するか」が重要になると考えられる。

1. コクランとコクランレビューとは

1992年に設立されたコクラン注1)1)は,現在世界50か国・地域に支部をもち,130か国・地域を超える3万7,000人の人々が協力し,医療や健康に関して,信頼できる情報を集めてまとめWeb上で公開している国際的な医療者,研究者,市民の集まりである。ランダム化比較試験を中心として,収集・評価・分析する系統的レビュー(各レビューをコクランレビュ-と呼ぶ)を行い,それをデータベース(コクラン・ライブラリ)で公表している。非営利団体であるコクランは商業的・金銭的な利益等から発生する制限を受けることなく自由に活動を展開し,権威と信頼ある情報を生み出すことを大切にしている。本稿では系統的レビューの意義,医療消費者(患者)や一般市民も参加するコクランの現状を含め紹介していく。

コクランは,従前,経験に基づく診療から権威主義的な診療方針の決定に傾きつつあった医療のあり方について,客観的情報に基づいた診療(根拠に基づく医療=Evidence-based Medicine)を進める医療のあり方改革運動として,当時の若手医療者や研究者が集まって始まった。根拠に基づく医療は,英国の医学雑誌「British Medical Journal(BMJ)」により,1840年以降の医学・医療における15の画期的発明・発見に選ばれている1)2)。

1960年代前後にランダム化比較試験を中心とする質の高い方法で,医薬品や診療方針についてその効果を検証する研究が盛んに行われるようになった。しかしながら,こういった活動は学術的な活動としての意味合いが強く,実際の医療現場にその成果が適正に応用されていないという問題意識があった。こういった問題意識を背景に,スコットランド出身の疫学者であったアーチー・コクランが,医療界として,定期的に臨床研究のまとめを作成していく必要性を強く訴えた。このコクラン博士の言葉を受けて若手研究者が集まり,コクランの萌芽(ほうが)となる,臨床研究のデータベース構築を始めた。

コクランの設立者として有名なイアン・チャルマーズは1993年,オックスフォード大学国立周産期疫学研究所の所長であったこともあり,周産期分野の臨床研究を集めてデータベースを作成し,それがその後の全医療分野の臨床研究データベースとなった。現在,このデータベースはCENTRAL(Cochrane Central Register of Controlled Trials)と呼ばれ,三大医療関係文献データベースの1つ(下記参照)として一般に公開され,医療系文献データベースの一つとなっている。

こういった臨床研究のデータベースが整備されていくことで,一つの課題に関して,臨床研究が繰り返して行われていることもわかり,以下に述べる「系統的レビュー」という手法が確立された。端的にまとめると,系統的レビューとは,ある課題に関して行われた研究を数多くある文献データベースなどを基に網羅的に検索し,その文献の情報の質(言い換えれば研究の質)を系統的に評価し,一定の情報の質をもつものだけ残しそれぞれの研究結果を可能な範囲で統計学的に統合したもの,ということになる。

系統的レビューの作成においては,3つの大きな柱がある。1つ目は「網羅的検索」,2つ目は「批判的吟味」,3つ目は「メタ解析」である。コクランは,メタ解析という統計解析手法を系統的レビューに応用し,系統的レビュー作成のための手法を標準化し,この標準化手順にのっとったものを「コクランレビュー」というようになった。

1つ目の網羅的検索には,電子化された書誌データベースにおいて,検索式を作成して行うものと,関連があると考えられる文献を積極的に手作業で検索していくものがある。通常は前者のみ,あるいは両方を組み合わせて行う。医学・医療分野の書誌データベースにはさまざまなものがあるが,一般的には三大医療関係文献データベースとしてMEDLINE(メドライン),CENTRAL,Embase(エンベース)が用いられることが多い。課題に応じて,その他の専門的なデータベースも用いられる。

網羅的検索は,専門分野として確立しつつある状況であり,主に図書館員の中でこういったデータベース検索を専門とする一群の専門家が育成されてきた。日本においては日本医学図書館協会が中心となって,ヘルスサイエンス情報専門員の資格制度を設けている。とはいえ,日本において系統的レビュー施行のうえでこういった専門性は認知されておらず,研究教育機関で適切なポストが用意されていないこともあり,圧倒的に人的資源が充足していない領域であり今後基盤の整備が待たれる。

2つ目の柱の批判的吟味では,系統立てて研究論文を分析し,その内的,外的な妥当性を検証する。ランダム化比較試験においては,研究デザインがある程度標準化されていることもあり,比較的その方法は標準化されているが,ランダム化比較試験とともにその他の研究デザインも含まれている場合,対象研究デザインが幅広くなるため,評価方法が大ざっぱにならざるをえない。

批判的吟味においては,医療者が行うことも多いが,実際には社会医学系研究技法にある程度通じている必要があり,疫学や公衆衛生について系統立てて研修を受けた者が,評価をすることが望ましい。医療者の基礎訓練として,こういった技術がしっかりと研修されていくことが望まれる。

3つ目のメタ解析は,統計学的技法である。ただ,昨今,ネットワークメタ解析やメタ回帰分析など,高度な統計技法が必要とされ,統計モデルの選択などが課題になることも多い。系統的レビューの統計を専門とする生物統計家は少なく,この分野においても,多くの専門家の育成が望まれる。

メタ解析を行うためのソフトは,コクランが提供しているレビューマネージャー(RevMan 5)注2)など,無料で手に入ることも多く,一般的な研修者にとって比較的手を出しやすい統計解析手法でもある。

以上のような方法を「系統的レビュー」として標準化し,コクランの仲間が最も適切と考える方法で行った系統的レビューを「コクランレビュー」として公開するようになった,というのがコクランの初期の歴史である。最初のコクランレビューが公開された1992年をもって,コクランの設立としている。コクランレビューや,前述のCENTRALを収載し公開しているデータベースを「コクラン・ライブラリ」注3)と呼ぶ。

図1 コクランWebサイト
図2 医学雑誌「BMJ」による医学における15の画期的発明・発見

2. コクランによる社会への影響

昨今のキュレーションサイトに関連したスキャンダルや,臨床研究の不正問題など,医療における情報の信頼性についての関心が高まっている。コクランは,前述のような信頼性の高い医療情報を公開するという作業から,医療のあり方を変えていった。

そもそも医療の根幹は,医薬品や医療機器ではなく,診療の方針である。診療の方針に関して,最も信頼性の高い情報はどのように作られるべきであろうか。それは医薬品や医療機器のメーカーが担ったり支援したりするものではない。グローバル化する医療を考慮すると,どこかの国の政府が作り支援するものではなく,グローバルな組織として行われるべきものである。一方で,インターネット革命によるビジネスモデルの転換と持続可能性を考慮しても,大きな財源を求めて行うようなものではなく,世界中の志が集められて,正しい自由と規律の下に生み出されるべきものである。

その作成手法としては,意思決定を支援する限り,選択肢について検証する研究デザインである比較介入研究の中でも最も信頼性が高いとされるランダム化比較試験を中心として,過去に行われた研究を,雑誌やインパクトファクターにとらわれずに網羅的に集め,それを客観的に評価し,まとめ,さらに常に最新の情報としてアップデートし,無料で公開すべきである。こういった「本来的なあり方」を追求して生み出された「信頼される医療情報」だからこそ,コクランは多くの医療従事者や医療消費者が参考にしてきたのである。つまり,必要と考えられる医療行為を浸透させ,不必要と考えられる医療行為を防ぐことで,医療の質をグローバルに改善してきたというのが,コクランの最大の成果である。医療消費者や医療従事者には,こういった情報を医療現場の話し合いの場に持ち寄って,コミュニケーションの道具として使うことが期待されている。

こういった根幹の成果の他に,以下に述べるような社会的インパクトを残してきた。

(1) 診療の意思決定の論理化

コクランは,臨床研究のまとめを作成していくと同時に,学術界と臨床現場をつないでいくことになった。日常臨床の現場で意思決定をしていくには,その意思決定に関わる科学的根拠について,現在までの知見に通じておくことが必須である。そのうえで意思決定する場合には,その他の情報,たとえば医療消費者の好みの範囲や効果と安全性のバランス,集団レベルの意思決定であればコストなど,さまざまな要因があり,科学的根拠と適切な距離感をもって意思決定をする必要がある。こういった「根拠に基づく医療」を先導し,根幹を占める組織としてその推進は,世界中の医療現場の意思決定のあり方を変えた。

(2) 利益の相反への挑戦

臨床研究を評価しまとめ,そのまとめを活用し現場における意思決定を支援する中で,金銭的な関わりのみならず,研究者や医療者の利益の志向性が結果に大きく影響し,その後の意思決定にも大きく影響してきたことをコクランは実感し研究もしてきた。こういった経験から,コクランは利益の相反に関して厳しい姿勢で知られ,医療界を常に先導してきた。このような活動は,医療界における利益の相反に関する議論に大きく貢献してきたと考えられる。

(3) 医療消費者の主体的参画

コクランは,従来の「患者」の位置づけを「医療消費者」へと変え,医療消費者と医療従事者が同じ情報を共有し,ともに医療における意思決定を行うモデルを先導してきた。こうした流れから,コクランレビューは学術的な活動ではあるものの,多くの医療消費者が,レビューの作成研究チームの一人として,実際に論文を読んで評価するなど,著者として参加している。このような環境を整備するためにも,手法の標準化や,作成ツールの開発,レビュー作成のためのワークショップ,各種の教材の汎用(はんよう)化や公開などに積極的に取り組んできた。

コクラン皮膚グループでは,すべてのレビューにおいて,医療消費者の著者としての参加を求めている。また,すべてのコクランレビューは,プロトコルや完成したレビューに対して,医療消費者による査読を受ける。医療消費者の査読に期待するのは,内容における医学的正確性や統計解析の正当性ではなく,医療消費者にとって,適切なゴールをレビューのアウトカムとして設定しているか,文章が医療消費者にとってわかりやすいか,といった点である。コクランレビューは通常の論文と同じように抄録が作成されるだけではなく,そのコクランレビューを平易な言葉でまとめた一般語訳(Plain Language Summary)も同時に作成される。この一般語訳は積極的に他の言語へ翻訳されており,最も重要なのは,このコクランの示すメッセージがわかりやすく伝えられているかチェックすることである。

(4) 臨床研究の質向上

コクランレビューは,単に診療現場における意思決定に資するのみならず,臨床研究の質を向上するという効果も上げてきた。実際,一つの研究を立案するとき,リサーチクエスチョン(研究上の仮説)に関して行われた過去の研究をすべて網羅的に調べまとめる作業は,どんな研究でも重要である。実はこの作業は,系統的レビューそのものである。

欧州を中心に,大規模な臨床研究を企画し資金を得る際には,コクランあるいはそれに準ずる系統的レビューを行うことが必須となっている。なぜなら,きっちりとした先行研究のまとめがなければ,その臨床研究を行うべき理由が明らかにならないからである。こうして,コクランレビューは臨床研究の質向上にも貢献してきた。

(5) 医療以外の分野への手法の応用

このように医療や健康分野で始まったコクランレビューであるが,社会科学など他の分野でも応用が始まっている。教育,福祉,国際開発,犯罪予防といった分野で,コクランと同じ方法で系統的レビューを作成し,それぞれの分野における課題に関して科学的根拠(エビデンス)をまとめている「キャンベル共同計画(Campbell Collaboration)」注4)という団体があり,これらの分野における系統的レビューを推進している。

特に教育分野ではランダム化比較試験による検証は多く,多くの系統的レビューの作成が待たれる。健康・医療とキャンベルの分野とにまたがる課題に関する系統的レビューに関しては,作成手法が標準化されていることから,同時に両方のレビューとして公開される場合もある。

3. 英国における患者一般参画の背景

コクランが設立された英国においては,医療や健康分野における患者一般参画の歴史がある。コクランによって開始された「根拠に基づく医療(Evidence-based Medicine)」という医療改革運動は,広く受け入れられるようになり,また,非政府組織や患者団体などによる運動が強い英国にあって,徐々に患者一般参画が強く提言されるようになった。特に筆者が英国の政策に関与していた1997年のブレア労働党政権発足以降,患者一般参画が政策として強く押し出されるようになった。2001年には,英国の健康福祉法(the Health and Social Care Act)の第11項において,健康医療分野のガイドラインと,公的病院の運営に,患者や市民の代表が参加することが法律に基づいて義務化された。

このような背景の下,コクランレビューのような系統的レビューに基づいて,診療や健康政策の方針の基になるガイドラインを作成する際には,医療消費者の代表が参加するようになっただけではなく,一部の医療従事者に偏ることのないように,多職種連携で作成していくという文化が根づいた。そして,デルファイ法のような客観的総意形成法やフォーカスグループディスカッション,質的研究の系統的レビュー,患者の語り(体験談)のデータベース注5)を,こういった意思決定文書の重要な科学的根拠として採用するに至った。これらの質的側面も客観性を担保するために大きな努力が払われ,そのための方法論も進歩した。

こういった流れを背景に,集団の意思決定のみならず臨床現場における意思決定においても,このようなガイドラインやコクランレビューを,医療者側と医療消費者側が共有し話し合うツールとして使うようになった。

この患者一般参画の流れは,臨床研究のあり方にも大きな影響を与えるようになった。大規模な臨床研究では必ず,患者市民の代表が研究運営側として参加するようになり,2014年の英国小児科学会の勧告2)では成人の医療消費者のみならず,子どもを対象にする研究においても,その対象年齢に応じた参加の仕方を示している。

診療現場における意思決定においては,医師を中心とする医療チームが父性的に医療消費者に代わって意思決定を行う「古典的意思決定モデル」から,医療チームから情報提供を受けて医療消費者がすべての意思決定の責任を負う「意思決定負託モデル」が考えられるようになった。現在は,医療消費者を中心に医療チームや家族も含めた関係者が,医療消費者の利益を中心に据えて共有された意思決定を行う「意思決定共有モデル」へと転換された(3)。このような流れと根拠に基づく医療やコクランの活動は,密接に関連している。この医療消費者個人の診療における意思決定モデルが,集団の意思決定(診療ガイドライン)や,研究活動の意思決定へと共有化されるようになったのはむしろ自然な流れといえる。

ただしこの意思決定共有モデルが推進されるためには,その意思決定の背景情報について,できるだけ同じ情報源を医療情報者と医療消費者で共有することが前提になる。そのためにはランダム化比較試験を中心とする研究の世界から診療の意思決定を結び,この過程で,研究の言葉から一般の言葉への翻訳というプロセスが入り,なおかつ,これらの過程が透明に行われることが重要であった。

図3 医療現場の意思決定モデル

4. 患者一般参画の手法に関するコクランレビューと系統的レビュー

コクランでは,「コクラン医療消費者ネットワーク」というグループが前述の査読を進めている。また「コクラン医療消費者とコミュニケーショングループ」というグループが,医療体制側と医療消費者とのコミュニケーションに関する系統的レビューを作成している。

この医療体制側と医療消費者とのコミュニケーションに関する系統的レビューの一つに,健康医療政策,健康医療研究,診療ガイドライン,医療消費者向け情報作成における医療消費者の関わり方についてのコクランレビューがあるので紹介する。ニルセンらによるこの系統的レビュー3)ではさまざまなデータベースを検索したところ,上記の課題に関して検証されたランダム化比較試験が合計6件含まれていた。6件のランダム化比較試験の合計の参加者数は2,123名である。研究の質としては中等度と判断された。健康医療政策に関するものが1件,健康医療研究に関するものが3件,医療消費者向け情報作成に関してのものが2件となっている。このレビューの結果のまとめとして,以下のことが結論づけられている。

  • (1)医療消費者が医療消費者向け情報作成に参加することで,医療消費者に不安を与えることなく,情報材料がより意味のある読みやすくわかりやすいものとなった。
  • (2)満足度調査は,聞き手が医療消費者の場合と研究者の場合とでは答える内容が少し異なることがわかった。
  • (3)研究参加の説明同意書作成では,医療消費者を含めても,研究者のみで作成しても理解度はほとんど変わらなかった。
  • (4)郵送による質問票に比べ,電話での参加や会合への出席の方が,医療消費者の参加を促し優先順位の設定に変化をもたらした。

コクランではないが,実際に医療消費者が参加した研究を集めて,研究における医療消費者参加をどのように行ったかを記述する記述的系統的レビューが行われているので紹介する。ドメクらのこのレビュー4)では,網羅的検索から関連性の高い5,551件のヒット数があり,そのうち142件の研究が基準を満たしていた。142件のうち,系統的レビューが8件,ランダム化比較試験が7件,質的研究が103件,コホート研究が8件,横断研究が9件,症例報告が7件となっている。これらの研究において,下記の2つの項目について,検討された。

  • (1)参加する医療消費者の選択方法
  • 参加する医療消費者を,ほとんどの研究において,convenience sampling,すなわち便宜的に選んでいた。ただし,無作為抽出法により医療消費者代表が選ばれている研究も数件存在していた。

  • (2)医療消費者の参加段階
  • 医療消費者は,課題設定段階での参加,研究デザイン策定における参加,被験者募集への参加が多く,データ収集,データ分析といった段階では少なかった。また結果の公表や,導入,評価といった終了後の段階でも一定数の医療消費者参加が認められた。

5. コクランにおける患者一般参画の広がり

コクランにおける医療消費者の参加にはこれまで述べたように,次のようなものがある。

  • (1)コクランレビューの利用者としての参加
  • (2)コクランレビューの著者としての参加
  • (3)コクランレビューの査読者としての参加
  • (4)コクランレビューの翻訳者としての参加
  • (5)コクランの組織への財政的支援者としての参加
  • (6)コクランの組織運営者としての参加

すなわち医療消費者は,コクランのすべてのプロセスに,医療従事者や医療研究者と肩を並べて参加することが促されている。

こういった一つの「役割」を大きな責任をもって担うというだけではなく,クラウドソーシングの考え方で,参加をすることもできる。これをコクランクラウド注6)と呼ぶ。

医療消費者であれ,医療従事者であれ,医療研究者であれ,それぞれの役割を一から十まで全うするほどの自信や時間はなくても,それぞれが技能や時間を持ち寄り,一つの大きな作業を完成させるように,コクランのプロセスで必要となる「仕事」とできる「貢献」をWebサイト上でマッチさせる試みがコクランクラウドであり,急速に広がった。2018年1月4日現在,156万6,684の業務に対し,118か国・地域に住む7,771人が貢献した(4)。このように,世界中に住む一人ひとりの市民が,医療の消費者であれ,従事者であれ,研究者であれ,真にグローバルなネットワークの中でつながり,信頼性の高い情報を集め公開するという,国境や職種の垣根を越えたモデルを構築し機能させてきた。これは,グローバル社会における個人が,よりよい社会を構築するためのモデルともなっている。

図4 コクランクラウドの2018年1月4日の画面

6. 日本の診療と医学研究における患者一般参画の今後

日本において,診療現場における意思決定のあり方は変わってきた。また,政策策定や診療ガイドラインにおいても,医療消費者の参加が認められるようになってきた。ただしその方法は,「医療消費者が参加した」という言葉を担保する程度のものでしかなく,「どういう方法で医療消費者が参加するのが最も適切か」という観点での参加にはなりえていない。研究における患者や市民の参加は,まだまだ父性的意思決定モデルのように,「行った研究をわかりやすく伝える」という段階でしかない。

コクランでは,すべての研究のプロセスに医療消費者が参加する。さらにコクランが提供する情報をわかりやすい言葉で表現することで,医療や政策現場における意思決定共有を推進してきた。これらは,法律に基づいて医療消費者の参加が義務化された英国の例に学ぶところが大きい。

日本において,医療消費者の目的をもった参加により,政策や診療の方針(ガイドライン)は,単に市民にとって理解しやすい文書となるだけではなく,その政策や診療が,そもそも市民や医療消費者のためであるという本来的な目的に沿ったものとなり,医療消費者の治療の選択がより納得できるものになることが期待される。医療は一部の専門家のものではなく,受け手(受益者)となる医療消費者を中心に,保険者,納税者といった財政を支える人々と,提供側である医療従事者が,真の意味で共同して行う作業であり,研究者はこれらを結びつける存在である必要がある。コクランやガイドラインにおける医療消費者の参加は,このように,診療や研究を本来的な姿に戻すための改革の基となることが期待される。

2017年にコクラン日本支部は,オーストラリア・コクランセンターの日本支部(ブランチ)という位置づけから,コクラン直轄の支部(センター)となった。それまでは,先進主要国でセンターをもたない国は少ない存在であったが,近年の日本における根拠に基づく医療の浸透を受けて,また少子高齢化という挑戦を受ける日本の医療市場への期待から,直轄となった。日本の医療は世界からより注目を受けることになる。これを機に,日本と世界の動きがさらに同期して,医療の改革が進むことが期待される。

今後は,研究においても,政策においても,診療においても,「患者が一般参画した」ではなく,医療消費者が参加することを前提としつつ,「どのように医療消費者が参加するか」という先行の知見に基づき工夫し,より効果的な研究・政策・診療となっていくことが待たれる。

執筆者略歴

1995年岡山大学医学部卒。日本・オーストラリアなどで小児科の診療に携わる。ロンドン大学公衆衛生修士を取得,英国ガイドライン作成に携わる。大阪府立母子保健総合医療センター 企画調査室長,世界保健機関テクニカルオフィサー,東京大学大学院医学系研究科 准教授を経て,2012年より国立成育医療研究センター 政策科学研究部長。コクラン日本支部代表。博士(医学)。日英両国の小児科学会専門医。著書に『持続可能な医療を創る:グローバルな視点からの提言』(岩波書店),など。

本文の注
注1)  コクラン:コクランは,長らく「コクラン共同計画(Cochrane Collaboration)」として活動してきたが,この名前も広く周知され,もっと呼びやすくインパクトの強い名前ということで,2015年1月より「コクラン」と称している。http://www.cochrane.org/

注5)  佐藤(佐久間)りか. 「患者体験」を映像と音声で伝える:「健康と病いの語り」データベース(DIPEx)の理念と実践. 情報管理. 2008, vol. 51, no. 5, p. 307-320. https://doi.org/10.1241/johokanri.51.307

参考資料

  1. a)   森臨太郎. 周産期分野と根拠に基づく診療ガイドライン. 小児科. 2006, vol. 47, no. 4, p. 503-509.
  2. b)   森臨太郎. 英国における根拠に基づく手法と医療者の教育, 診療ガイドライン. イービーナーシング. 2009. vol. 9 no. 2, p. 216-223.
  3. c)   森臨太郎. 持続可能な医療を創る:グローバルな視点からの提言. 岩波書店, 2013, 162p.

参考文献
 
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